勇気をもって恋愛をしよう。帰り遅い彼女に嫉妬の嵐が渦巻くとも

今の若い人たちは、臆病?人生を楽しんでいるのか

 最近の若い人たち、特に新入社員たちを見ているとあまり恋愛している感じがしません。

その日の仕事が終わってやれやれと言った気分の時も、「さてこれからは楽しい自分の好きなことができる時間だぞ、彼女を誘って飲みに繰り出そうか」なんて、うきうきした雰囲気が感じられないのは、私がおじさんだからというせいなのでしょうか。

 私は若い人たちから見て確かにおじさんだし、お爺さんと言われても文句を言うつもりはありません。

飲みに出れば、帰り遅いと古女房が文句も言わなくなるくらいお酒も好きで午前様も当たり前です。

そして何より女性も好きです。

仕事もプライベートも充実してみたいとは思いませんか

 自慢するわけではありませんが、おじさんの時代はバブルの時代でしたから何をするにしても「イケイケどんどん」ということが、いわばキーワードでした。

仕事も恋愛も一生懸命でした。

それがいいことだと思われていましたし、自分でも素晴らしいことだと思っていました。

若い男は競って彼女をつくりました。

女の子たちも男たちから声をかけられることを楽しんでいたと思います。

帰り遅いなんて男女とも考えずに遊んでいました。

 ところが今はどうでしょう。

仕事も熱が入っていないしプライベートの時間も何をしていいか分からないという風に見えてしまうのです。

充実していないと感じます。

若い人は午前様って何のことだか分からないってホント?

 帰り遅いのは当たり前。

深夜0時を過ぎて帰宅するから「午前様」というのです。

若い人たちにとって「午前様」は今や死語?いやはや情けないことです。

彼女と遊んでいると時間のたつのを忘れるくらい楽しいのです。

別にお酒を飲まなくてもいいのですが、お酒を楽しみながら恋愛を、そして人生を楽しむ、これぞ古今東西、人間に与えられた特権的な生きがいではないでしょうか。

人間らしさと言ってもいいと思います。

古代エジプトやギリシャ神話の時代、わが日本でも古事記や日本書紀の頃から当たり前のように恋愛がずう~っと続けられてきたのです。

彼女が好きになると、嫉妬の心が芽生えてしまうのですが…

 恋愛は、人生における最も重要な心の動き、ざわめきです。

彼女と単に遊んでいるうちに、彼女に惚れるという気分の動きが発生します。

この人を大切にしたいという心。

何物にも代えがたい大切な物として彼女がいとおしくなるのです。

そうなると心うきうきといった感情とは裏腹に、どす黒い嫉妬の心も芽生えてくる。

これが厄介なものなのですね。

舞い上がっていくような楽しい気持ちと地獄に引きずり込まれるような暗く苦しい気持ちが交錯します。

自分の心の中で、明と暗を行ったり来たりする気分。

仕事も勉強も手につかなくなります。

彼女の帰り遅いだけで嫉妬の心が芽生えます。

でもそれが、彼女が好きになったことなのですね。

彼女を失いたくないと思う心。~疑心暗鬼が生じて当たり前~~

 めでたくカップルになったとしても、彼女の帰り遅いだけでどうしてこんなに心が乱れるのだろう。

これが世界中の文学、芸術の最大のテーマの一つになっています。

どんな人間でも理解できる嫉妬の心。

人間にはこの心があるために世界中で芸術がもてはやされてきたと言っても過言ではありません。

 約束の時間を過ぎることは、社会の一員としてはよくあることです。

会社員であろうが学生であろうが一人で生きているわけではなく周囲の人たちと生きているのですから、自分の都合だけで行動することが許されない時もあるのですよね。

そんな理屈は分かっているはずなのに・・・。

人間らしさの最たるもの。人生は、恋をしないと損ですよ!

 彼女の帰り遅いことが心配のあまり、あらぬことを想像したりしますよね。

別な男の影が見えたりもします。

本当は男の影などなく、単なるでくの坊の影だったりするのですが、こうなると気が狂わんばかり責めて、けんかになったり、挙句の果ての暴力沙汰。

それがもとで別れてしまったりもするのです。

 でも、惚れるという事は相手を大切にするという事です。

愛するという事は相手の人格を100%認めるという事です。

激しく燃えるのもいい。

じっくりゆっくり燃えるのもいい。

遠慮も怖がることもありません。

人生、恋をしないと損です。

人間に与えられた感情の発露、人間らしさの最たるもの。

それが恋ですから。